HAPPY NEW YEAR 2012

昨年は無事、競馬雑誌「ROUNDERS」を5月に創刊することができ、11月にはvol.2まで出すことができました。また、私生活では、長年勤めた会社を退職(11月に新しい仕事に就く)、そして入籍(結婚式は今月末)と、個人史的にもターニングポイントとなる一年間だったと思います。そして、競馬が取り持つ縁で、一昨年にもまして、たくさんの人たちと出会った一年間でもありました。雑誌の追い込みや転職活動で辛いときにも、多くの人たちに支えてもらいました。秋のGI全敗など馬券的には散々でしたが、頑張って走る馬たちにも元気をたくさんもらいました。有馬記念は個人的にはありゃま記念でしたが、レース前から引退式に至るまでのブエナビスタの姿、一生忘れることはないでしょう。ブログはもはや死に体で、体力のない自分が情けないところですが、ぼちぼち馬なりで頑張っていきます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。(gachalingo/荒木圭介)

「ROUNDERS」vol.2刊行に寄せて

KEIBA CULTURE MAGAZINE「ROUNDERS」が創刊されてから、早くも半年が過ぎようとしています。本当に続けられるの?と心配してくださっている読者の方もたくさんいらっしゃるのではないかと思いますが、このたび無事vol.2の発行にどうにか漕ぎ着けることができました。ありがたいことに、vol.1の売上がついに損益分岐点を超える見通しが立ったのです。あ、損益分岐点と言うとちょっと語弊があるのですが、つまり、プラスマイナスゼロ=利益もないが損もない地点に、まずは辿り着くことができたということです。マイナスがつづくとなると、どこかで撤退を考えなくてはなりません。しかし、損をしないところまで辿り着くことができたなら、少なくとも、つづけることができます。僕たちの情熱と体力がなくなってしまわない限り、つづけることができるのです。

正直に告白しますと、「10000部を目指す!」と意気揚々の治郎丸編集長とは対照的に、そもそも創刊の話を持ちかけた当人である僕自身は、500冊くらい何とか売って、数十万円くらいは自腹を切るところからのスタートだろうなと内心では思っていたのです。もちろん、「治郎丸敬之」を雑誌というかたちに仕上げれば、面白くて魅力的な競馬雑誌ができあがるに違いない、という僕の直観どおり、素晴らしい創刊号ができあがりました。が……

……しかし、コンテンツにどれだけ自信があっても、今は関係者の誰もが悲鳴を上げざるをえない未曽有の出版不況。友人の編集者たちの話を聞いても、印刷会社で(つい最近まで)働いていた僕自身の経験から言っても、1冊の書籍の発行部数は激減し、増刷がかかる頻度もここ数年で驚くほど少なくなってしまいました。ところが、1996年をピークに売上は下がりつづける一方で、新刊の年間出版点数は、1992年に約38000点だったのが、現在では約80000点に激増しているのです。売上数は下がっているのに発行点数が激増している現象は、

(1)1冊の本の売上が半減する
→無能な出版人たちはこぞって「売れないなら数増やせ」という戦略を採用する
(2)1冊の本を世に出すための努力と情熱の総量が半減する
→これまでと同じ人数同じ納期で点数を増やすのだから必然“太め残り”本や“急仕上げ”本が氾濫する
(3)1冊の本が書店で読者の目に触れる期間と機会が半減する
→書店スペースの椅子取りゲームの加速化。しかも取次(問屋)を通して全国の書店に配られた本の約半分は売れずに返本されてくる

という状況を示します。「ROUNDERS」は法人ではなく個人で出版していますので、そう簡単に取次と契約できるわけもなく、最初から他の出版社と同じ舞台に立つなんてことはとてもできません。また、同じ舞台に立てたとしても、いま述べたとおりの厳しい状況。結局、ネットでの直販およびAmazonをベースに販売していくしか選択肢がありませんでした。

そんななか、いち早く「ROUNDERS」の存在に気づいてくださり、名乗りを上げてくださったのがジュンク堂書店のMさんでした。本来なら僕たちのほうから直接ご挨拶に伺い、委託契約のお願いをするのが筋なのですが、わざわざMさんからお声をかけてくださっただけでなく、ジュンク堂書店の他の店舗のご担当者の皆様にも「ROUNDERS」を推してくださったのです。Mさんとジュンク堂書店の皆様の、僕たちの試みを決して無下にすることなく、ひとりでも多くの方々に雑誌の存在を伝えるチャンスを快く与えてくださるその姿勢、僕は元書店員として誇りに思います(福嶋聡さんと田口久美子さんには大きな影響を受けてますから)。そして、JRA(中央競馬会)、PRセンターの関係者の皆様は、どこの馬の骨とも分からない僕たちが創刊した「ROUNDERS」という雑誌の存在を認めてくださり、各地のターフィーショップでの販売に踏み切ってくださいました。リアルな現場に「ROUNDERS」の販路を敷いてくださった皆様に、編集人として心から感謝いたします。

そして何と言っても、僕たちのいちばんの原動力になっているのは読者の皆さんの存在です。注文時の備考欄の励ましのコメントの数々、twitterでのつぶやきたちにブログでの感想と紹介の数々、中には直接手紙を送ってくれた方もいます。そういったすべてのことが、ひとつひとつは極めて小さな光の粒なのですが、まさに“元気玉”さながらの眩しくどデカいエネルギーとして、僕たちのもとへ日々届けられるのが本当にひしひしと感じられるのです。サラブレッドが人のために走るように、僕たちは競馬を愛する皆さんのために走りつづけます。今後とも応援よろしくお願いいたします。

※「ROUNDERS」vol.2先行予約はブログ「ガラスの競馬場」にて受付中!

【予想】宝塚記念2011

◎(8)ブエナビスタ○(10)ドリームジャーニー。最後のデッドヒートになりそうな2頭を、僕の望む着順で1点勝負。仁川まで観にいけませんが、これから銀座に行って応援してきます!

この馬を見よ(4)競馬を「見る」ためのラップ分析(半笑い篇)

競馬予想という行為が、最高に知的な技芸であり、日常生活を削ってでも果敢に挑む価値のある極めてスリリングなゲームであることを、偏執的ともいえる緻密なレース分析と明晰かつ膨大な量の予想文で教えてくれたのは、僕がいまさらここでご紹介するまでもなく有名な予想家、半笑いさんです。新聞であれ雑誌であれブログであれ、毎週毎週様々な媒体に現れる競馬予想は星の数ほどありますが、半笑いさんほど「読ませる」予想文を書ける人を僕は知りません。それはさながら一篇の推理小説。探偵半笑いが、膨大な仮説を論証し、18人の容疑者を徹底的に調べあげ、ついに犯人(=勝ち馬)を追いつめる! なかでも半笑いさんの予想の神髄が最も見事に凝縮された、2009年天皇賞春の予想文がここで読めますので、ラップに興味のある方はぜひ読んでみてください。

さて、半笑いさんのラップ分析では、馬柱に掲載される「テン」と「上がり」を除いた部分を「中盤」と呼び、この「中盤」ラップが分析の重要な要素に位置づけられます。なぜなら「中盤」にこそ「底力」および「格」が表れるからです(半笑いさんの予想理論の概要はここを参照)。たとえば、東京芝2000mのクラス別平均ラップ(テン3F-中盤4F-上がり3F:2007~10年の良馬場のみ単純平均)は以下のとおりです。

36.0-48.0-34.8/1.58.8(古馬OP)
36.2-48.8-35.0/2.00.0(古馬1600万下)
36.5-49.0-35.2/2.00.6(古馬1000万下)
36.5-49.8-34.6/2.00.9(古馬500万下)
37.1-50.9-35.1/2.03.1(3歳未勝利)

即ち「クラスが上がってペースが速くなる」のは「テンだけでなく、中盤に息を入れられないこと」を指しているし、「クラスが上がって1ランク上の末脚が要求される」のは「速くなった中盤を乗り越えた上で、バテずにしっかりした末脚を使うこと」というのが理解できるだろう。それぞれ、単に「テン」「上がり」単独では読み解けない内容である。(半笑い『人生が変わる競馬』より)

緻密なラップ分析って聞くと、競争馬やレースを「見る」ことから話が離れていってるんじゃないの?と思われる方がいるかもしれませんが、そうではないのです。競馬歴の浅い僕が言うのはあんまり説得力がないかもしれませんが、ラップってむしろ、あるレースがいかなる質のレースであったかを理解するための、そして、競争馬の能力や適性を把握するための、非常に有効な回顧ツールだと思います。僕が特にメリットを感じるのは、血統や馬体からではなく、まさに実際のパフォーマンスをラップという実際に刻まれた数字を使って検証できるという点。枠順や不利、距離ロスなどに加え、ラップと照合しながらレース回顧をすることで、ただ漫然と見るだけの回顧では分からなかったいろんなことが「見えて」くるようになるのです。これからラップを勉強したいという人には、『人生が変わる競馬』の第2章「ラップ分析の基礎と応用」をおすすめします。

この馬を見よ(3)覚醒するドラゴン

エノさん、でぃらんさん、あめすぴさんという若愉軍団の馬体派たちに大きな刺激を受け、従来のレース回顧中心の分析に「馬を見る」というファクターを取り入れることで、この1年間で驚くほどの成長を見せてくれた男がいます。若愉での頼もしいパートナーであり、レース回顧の功労者でもある「CLASSIC REPORT」のりゅうさんです。もともと彼は「レースを見る」ことを人一倍熱心に実践してきましたが、この1年間は類まれな勤勉さで「馬を見る」ことにも意識的に力を注ぐことで、端から見ていても驚異的な成長を遂げました。この1年間のりゅうさんの馬計簿公開が待たれるところです(笑)

若愉ではホエールキャプチャやマルセリーナをいちはやく評価し、桜花賞は彼女たちのワンツーフィニッシュ。また、やはりりゅうさんがかなり早い段階で評価していたリアルインパクトが、古馬を押し退けて安田記念を勝利したのは記憶に新しいところです。彼が凄いのは、重賞だけでなく、未勝利などの下級条件においてもバシバシ単勝を的中させてもいるところ。それに、馬体派はわりと購入レースを絞って、しかもパドック&返し馬で最終決断を下しますが、りゅうさんは土日に仕事が絡みやすいこともあって、だいたい前日か当日の朝に馬券を購入しており、要するに、馬券を打った数は馬体派の5倍はおそらくゆうに越え、レース直前にレートを変えたり回避したりもしていないわけです。にもかかわらず、凄まじい的中率&回収率!

りゅうさんの覚醒の裏には、血の滲むような努力があることは、近くでずっとそれを見てきた僕がいちばんよく知っています。その努力に競馬の神様が微笑んだことは間違いないわけですが、馬体派の刺激を受けつつ「馬を見る」ことを実践したこともまた、覚醒の大きな要因になったのではないかと僕は思うのです(馬券哲学を変更した点も見逃せませんが、これはまた別の機会に考察してみたいと思います)。

りゅうの馬見修行日記」、ここでりゅうさんが実践していることは、何も難しいことではありません。過去の重賞勝ち馬の馬体をずらっと並べて「見る」。次に、今回出走する馬たちの馬体を「見る」。小賢しい御託を並べて馬体を評価するわけでなく、純粋に自分の感じた印象を大切に今回「走る馬の形」を自分なりに決断してみる。そして、回顧する。これを延々と繰り返す。これだけを見ると主観的な印象を書いているだけじゃんと思われるむきもあるかもしれません。でも、それでいいのです。大切なのはこれを続けること。他人の言葉に頼らず、自分の目で見て自分で判断してみること。トライ&エラーを繰り返すこと。

こうしたりゅうさんの小さな努力の積み重ねは、着実に彼の力になってきていると思います。馬体評価◎にずっと応援してきた馬への強い思い入れも重なった有馬記念でのヴィクトワールピサの単勝馬券。こういう馬券を僕も打てるようになりたいなぁ。今期もりゅうさんにはいろいろ迷惑をかけるとは思いますが、切磋琢磨しながら一緒にクラシックロードを走りましょう!僕がこんなエントリーをアップしちゃったので、変に力んでしまってアワワワにならないことを祈ります(笑)

この馬を見よ(2)馬体派への誘い

ネット上に競争馬が視覚的に遍在する時代においては、「馬体」を予想のファクターとして重視するスタンスがこれからのトレンドになるのではないか。エノさんとでぃらんさんに出会った1年前は、そんなことを考えていました。競馬中継番組におけるマイネルの岡田総帥の準レギュラー化なんてまさにその兆候なのかなぁ、なんて思ったりもするわけですが、実際のところどうなんでしょう。あ、昨日本屋に行ったら、古澤さんの『馬体革命』(競馬王新書)が出ていたので早速ゲットしました。まだ目次しか眺めていませんが、古澤さんいわく「馬体診断はトレンドにならないからおいしい」のだそうです!

いずれにしても、スピード指数や血統理論がすでに人口に膾炙していることは、持ち時計の速い馬が人気することや、短距離や長距離あるいは馬場状態の極端な変化など、ある条件に対する適性を血統が裏打ちすると思われる馬が実力以上に人気することなどからもわかります。そうしたなかで、これから「馬体」が予想ファクターのトレンドになっていくのかと言えば、なんとなく、古澤さんの言うとおり「トレンドにならない」が正しいような気がします。というのも、「たくさんの経験を積み、たゆまぬ努力をしていくこと」が相馬眼を鍛えるためには確実に必要だからです。スピード指数や血統理論が数値や記号への簡略化のベクトルを内包しているのに対し、馬体を極めることは、数をこなし身体に叩き込むという、簡略化とはまったく逆方向へと突き進むものだからです。

数をこなし身体に叩き込むことで蓄積されていく経験は、当の本人の中にゲシュタルト的な認識を芽生えさせます。たとえば、エノさんは「馬券歴30年」の馬体派の師匠に「さっきの馬のパドック、覚えとき」と言われた馬の姿をひたすら覚えたそうです。でぃらんさんもやはり、師匠から「良質な馬体にひたすら触れ」ることで「走る馬の形を頭に叩き込むんだ」と言われ、それを実践した(している)のですね(「馬体に夢中!![前篇]」)。

僕のような教科書から入るような人間がまず陥るのは、この繋ぎは、この飛節は、このトモは……みたいな感じで、各パーツを切り離して全体を見ることを忘れてしまうという過ちです。どれだけ素晴らしいパーツを備えていても、それぞれのパーツが最も効率的にパフォーマンスを発揮できるバランスで連動していなければ、やはりその馬は走りません。走る馬というのは、各パーツが良いだけでなく、理想的な連動を果たし、結果として「走る馬の形」をしているのだ、というわけです。「部分ではなく、全体を見よ」、これが最も大事であるということを、馬体派の友人たちは教えてくれました。

「数をこなし身体に叩き込む」修行が必要であることに加え、もうひとつ、馬体が「トレンドにならない」大きな理由があります。それは言語化しにくいということです。根拠はあくまでも馬体という視覚的な要素にあるため、言葉だけでその技術を多くの人に伝えにくいんですね。また、ぶっちゃけて言えば、誰かを説得する必要が生じない限り、馬体派は予想の根拠を言語化する必要がありません。「うおお、この馬ええんちゃうの?よっしゃ買ったれぇ!」(なぜかエノさん口調)で本人的にはよいわけです。本人の中に醸成されたゲシュタルト的な認識こそがその馬を買う根拠になるわけで、そういう意味において、共通言語を持ちにくい予想法とも言えます。馬体関係の書籍もあるにはありますが、馬体の各部名称などの静的な用語こそ固定されてはいるものの、動きやパーツの連動、状態判断に関わる主観的な表現はやはり千差万別。それらを客観的な記述へとまとめ上げられれば、馬体が予想のトレンドになる日もやってくるのかもしれません。個人的には、JRDBの金子京介さんがその仕事をいずれ果たしてくれるのではないかと密かに期待しています。

この馬を見よ(1)今期の目標は「見る」

雑誌「d/SIGN」を捨てようと思ってパラパラめくっていると、矢田等さんという方の「見え隠れ写真日記」なるプチコラムが目を引きました。というのも、「賭け」というタイトルに馬の写真が添えられていたからです。走っている馬の脚の運びはいったいどうなっているのか。この問いは、古来より幾多の人々を悩ましてきた難問だったらしく、哲学者のアリストテレスも悩んだ一人であったといいます。この難問が解決されたのは、100年と少し前のことでした。

アメリカの大金持ちが友人と賭けをした。金持ちは「走行中の馬の四肢は同時に地面を離れる瞬間がある」と言い張り、写真家マイブリッジを雇い入れ、賭金をはるかにしのぐ大金を投入して自分の主張を証明しようとした。マイブリッジは当時の感度の低いカメラに工夫をこらし、走っている馬の見事な分解写真を撮影して雇い主の要請に応える。写真家のこの技術が、後の映画産業発展のきっかけになったというから“ひょうたんから駒”か。

馬のギャロップが賭けごとによって解明されたというなかなか微笑ましいエピソードですが、この逸話を読みながら思ったのは、ここ数年で競馬ファンが競争馬やレースを「見る」ことのできる環境が急速に整ってきてるよなぁということです。

僕が競馬を始めた頃には、ネットにおける競馬の映像配信はすでに始まっていましたし、現在では、過去のレース映像が見られるのは当然のこと、少しばかりお金を払えば、photoパドックや追い切りのVTRさえ見ることができます。PCのコンパクト化に加え、iphoneやタブレットの登場で、競争馬やレースを「見る」環境そのものを手軽に持ち歩ける時代になりました。

かつてはどうだったのでしょう。競馬は「記憶」のゲームだと言われますが、ひと昔前のことを想像してみるに、視覚的な記憶として競馬を持ち帰ることのできる人はずいぶん少なかったのではないでしょうか。あらゆるデータが限られたスペースへ芸術的に配置された馬柱も、さすがに視覚的なデータまで記載することはできません。馬柱を見て予想をし、電話で投票、メインレースくらいはテレビで観られるけれど、それ以外のレースを視覚的に持ち帰るのは難しかったはずですよね。

基本的に、ラップと照らし合わせながらレースを「見る」ことで、各馬の能力を精査する回顧派として競馬予想をしてきた僕ですが、「ROUNDERS」の作業が本格化してから半年以上、競馬をほとんど見ることができない時期が続きました。そうするとね、会社のGI予想大会の成績に如実にそれがあらわれて、何ということでしょう、春のGI勝負、涙の全敗(宝塚記念除く)……。うーん、しっかりした予想ができなかったことを口実にエロ馬券ばかりに手を出したことも敗因の一つでしょうが、何よりも競馬を見なくなったことがいちばんの敗因だと思っています。ということで、今期の目標はシンプルですが「見る」ことに決めました。具体的なことについては、若駒デビューまでにまとめてみようと思います。

復帰

2011年世代の若駒たちによるダービー&オークスという甲子園が終わり、次世代の若駒たちがデビューを直前に控えるこの時期は、有馬記念が終わったあとのような年末年始感を覚えてしまいます。半熟卵としましては、競馬を始めて3年目だったこの1年。覚え立ての言葉を使ってみたくてしょーがない子どものようにはしゃいでばかりいたのが最初の2年間だったとすると、さらに好奇心が旺盛となり、目の前にある興味の対象を触ってみたくてしょーがない子どものようにはしゃいだ1年間だったと思います。

昨年6月に最愛のパートナーりゅうさんと「若駒戦の密かな愉しみ」をスタート。すぐに、エノさん、でぃらんさん、チャイ(childsview)さん、あめすぴさんというツワモノたちが、芋づる式にメンバーとして加わってくれ、妄想GI、Skype競馬、6回にもおよぶ若駒番付座談会、関西へ遠征しての桜花賞祭り、関東に集結してのダービー祭りと、まあ、大人げない大人たちによる2度目の青春ともいうべき愉快なプロジェクトへと成長(?)しました。エロ馬券買って涎を垂らしたり、ヒャッハーとか叫んでばかりいますが、それでも揺るがないのは、みんな競馬に対して本当に真摯に向かい合っているということです。こんな人たちに囲まれながら競馬を楽しめるのって、ほんと幸せ。

「若駒戦の密かな愉しみ」同様、もうひとつのライフワークとして僕の生活に加わったのが新しい競馬の雑誌「ROUNDERS」。親友の勧めで競馬に興味を持った僕ですが、「ガラスの競馬場」の治郎丸さんは、競馬には一生を賭けて取り組む価値があるということを確信させてくれました。書店に並ぶどんな競馬本よりも力強く競馬の魅力に惹き込む治郎丸さんの文章。このレベルの文章が競馬メディアで、特に紙媒体として流通していないのは何だかおかしいよなと感じたのが、「新しい競馬の雑誌を創りませんか?」と僕が話を持ちかけたきっかけでした。

5月の創刊にこぎ着けるまでの道のりは、それはそれは険しい道のりでした。何百本の髪の毛が僕の頭皮に別れを告げたのか考えるだに恐ろしい! 特にラストの3ヶ月は、ふたりとも精神的にクラッシュしてしまうのではないかと本気で心配したくらい。

僕は編集者として、初めて雑誌をつくる人間に要求するにははっきり言って酷だろうということまで治郎丸さんに要求したのですが、恐ろしい吸収力でコツを掴み、ほとんどテクニカルな説明をしなくても、先を読んでそれらをこなしてくれたのです! 僕はブログの更新なんて冗談じゃない状況で、若愉もりゅうさんを始め僕以外の人たちに任せっぱなし、挙げ句の果てにはみなさんに精神的な慰めを乞うてばかりいたのに対し、治郎丸さんはブログを一切休みませんでした。仕事をしながら、ブログを続けながら、あの険しい道のりを難なくこなしてしまうのだから、治郎丸さんの強靱な精神力と競馬に賭ける情熱には鬼気迫るものがありました。怪物を見た、と言っても過言ではないでしょう。

まあ、さすがにラストの直線は、ふたりとも精神も肉体もボロボロ(笑)最後は意識不明の状態で、もはや心臓だけで走っていたのだと思います。

激動の1年間でしたが、僕の競馬歴もそろそろ4年目に突入します。「若駒戦の密かな愉しみ」で競馬を愉しむことで競馬の愉しみを伝えること、「ROUNDERS」を軌道に乗せて競馬界を盛り上げること、そして最愛のブラボーデイジーと幸せな結婚生活を送ること――やることは盛りだくさんですが、滞っていたこちらのブログも再スタートです。早く煮卵になりたい!

【予想】ダービー

やっぱり、ダービー前夜はなかなか寝付けませんでした。「若駒戦の密かな愉しみ」パーソナリティ全員集合でこの世代最後の番付座談会を行い、2次会に流れ、そして、僕の自宅へ帰ってきてからも、朝方4時までいい歳こいた大人たちのダービー前夜祭はつづきました。さすがに5時には、みんなの笑い声も鼾の合唱へと変わり、いまひとり、Macの前でこのエントリーを書いています。半年間まともに競馬を観てなかったのですから、いまからあわてて予想したところで、満足のいく予想も悔いのない結果も得ることはできないですよね。やっぱりダービーは心情馬券。素直にサダムパテックと岩田騎手のコンビを応援しながら、骨折がなければここにいたであろうレーヴディソール、“余裕の大器”アドマイヤバーラム、ナカヤマナイトを子供扱いしたカフェラピードのことも想いながら、雨の府中で行われるこの仔たちのダービーを見届けに行ってきます。馬券はサダムパテックから馬連3点で。

◎(2)サダムパテック
○(7)ベルシャザール
▲(5)オルフェーヴル
△(10)ナカヤマナイト

【予想】オークス

「ROUNDERS」が仕上がったと思ったら、間髪入れずオークス&ダービー。今期の若駒戦は、「若駒戦の密かな愉しみ」で前期こそしっかり見てきたものの、後期はレース映像さえ見直すこともできず、馬名さえおぼつかない仔までいる始末。ラップの精査なんてできるはずもなく、しかたがないので今年は印象と愛着のみで馬券を買って彼女たちを応援したい。

人気のマルセリーナはシンザン記念で、ホエールキャプチャは芙蓉Sで、皐月賞馬オルフェーヴルとそれぞれ接戦を演じており、至極順当なオッズではある。しかし、両馬ともマイルまでの戦績しかない。オークスはマイル戦で強いパフォーマンスを発揮していれば足りる舞台だし、今年の桜花賞がハイレベルだったことも間違いない。ただ、ともに距離延長に不安はある(もちろん全馬そうですが…)。

ホエールキャプチャは短距離戦から恐る恐るのスタートだった。そしてなによりこの仔は真面目さこそが取り柄だ。距離をこなせるかどうかは、鞍上の判断に大きく依存している。追われる側だった桜花賞で外を回すロスがあっても勝てると踏んだ池添騎手も、今回は乗り方を工夫してくるだろう。ホエールキャプチャには芙蓉Sで先行策でオルフェーヴルを封じた実績もある。マルセリーナの前で先行押し切りを図るはずだ。折り合いに不安がないので、距離さえ克服できれば勝ちきることも可能なはず。

マルセリーナは折り合いが最大の課題となる。見方によれば致命的な掛かり具合だった桜花賞。にもかかわらず、あの短い時間でメンタルを落ち着かせ脚を溜めることができたのだからすごい馬である。オークスで闘う相手は自分自身。追走スピードもぐっと落ち着く今回は、桜花賞のようなハイペースの恩恵は望みづらく、当然ながら、勝ちきるために乗り越えなければならないハードルは前走よりも高いのではないか。死角は十分にあるだろう。

ということで本命はハブルバブル。今となっては、なぜ桜花賞で本命を打ったのか、その根拠さえ思い出せないのだけど、たぶん新馬戦のインパクトが視覚的に焼き付いているからだと思う。息つく暇もないローテーションで挑んだ桜花賞は、そりゃあ枠入りを嫌がったのも無理はない。レース自体もスムーズさを欠いたが、それでいて6着はよく頑張ったねのひと言。ようやく間隔を開けて大一番に挑むことができる。池江厩舎&金子さん、1番枠にウイリアムズ騎手。競馬の神様が微笑んだとしたらこの仔なのではないか。イケメン好きなので鞍上を拒んだというまさかのオチだけが心配である(笑)。

単穴はマイネイサベル。若愉で大いに盛り上がった新潟2歳Sを勝ったGI馬@若愉である。今となっては、どうしてこの仔をこそっと買ったのかは定かでないが、愛着がある。ひじょーにワガママで右回りじゃ走らないのが女の子らしく、これが原因で桜花賞は自重。フローラSでは道悪に泣いたが、0.2秒差の5着なら巻き返しの可能性は十分にある。オッズ的に舐められすぎの今回は、狙っておいて損はないはず。

◎(1)ハブルバブル
○(12)ホエールキャプチャ
▲(17)マイネイサベル
△(9)マルセリーナ

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菊花賞◎ベルシャザール