賭けてみるということ
- 2011年 4月 30日
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新しい競馬の雑誌をつくろうという話が出たのは2年くらい前のことでした。そこから、うまく棲み分けているように見える既存の競馬雑誌やメディアに対し、僕たちの雑誌はどのようなスタンスで挑むべきなのだろうか、とか、そもそもなぜコストの掛かる「雑誌」という形態をあえて選択するのか、Webで十分に展開可能なことなのではないか、いや、やっぱり雑誌がいい?、いやでもどうしてよ?などなど自問自答を重ね始め、同時に、雑誌を出し続けていくには確実に直面しなきゃならない、最低限の採算はどうすれば確保し続けることができるのか?という問題を考えているうちに、さらに1年があっという間に過ぎていきました。
この間に治郎丸さんと二人で幾度となく話し合ってきたことは追々お話ししていきたいと思います。そして、二人ともいまだに解答を導き出せていないことのほうが、実は多かったりします。それでも創刊に踏み切ったのには、いくつかの理由があります。なによりもまずは、やってみないとわからないことだらけだから、です。あれ? 理由になってないじゃんよ!とツッコミが入りそうですが、でもまあ文字通り、「やってみもせんで、何がわかる」(これは本田宗一郎の言葉らしいですね、よく知りませんが)ということなんです。
たとえば、伝説的な競馬の雑誌「書斎の競馬」を古本で取り寄せて読んでみて、真っ先に気づいたのは、執筆者の顔ぶれがそのまま、現在の各競馬メディアで活躍している人たちとほぼイコールであるということ。実力のある人たちですし、そういう意味では当たり前のことなのですが、それにしてもここまで綺麗に固定化してしまうものなのかなあという疑問も感じます。大袈裟に言うと、10年間くらい時が止まっている、そんな印象を受けるのです。新しい血なんてほとんど入ってきていないのではないか。手間が掛かるのを前提に、若手を育ててみようと思ったり、面白そうなことを考えている連中にチャンスを与えてみたり、そういったことがどんどんしにくくなっている。
もちろんそれは、どの業界でも今起こっていることですね。未曾有の不況で余裕がないから、面白そうな若手に仕事をやらせるよりも、既に実績のある安定株に仕事をお願いする、と。ひょっとしたら俺のこのプラン、100を10000に化けさせてしまう穴馬券的な可能性あるよなと思いつつ、いやしかし失敗した場合100は1になってしまうだろう、うむ、やはりここはかなりの確率で100を110にするブエナビスタ複勝プランにしておこう、と。あらゆる場面において、そうした思考の循環ができあがってしまっているのではないでしょうか。
こうした発想を否定はしませんし、日常生活のほとんどの場面で、僕もまたブエナビスタ複勝プランを選択していると思います。ブエナビスタの複勝を10万円買って、確実に1万円をGETする安定感や堅実性は、ほとんどの場合正しいから! 仕事にもよりますが、僕が身を置いている印刷業界の現場なんか、むしろこの発想で品質の安定や組版の精度を向上させていかなければどうしようもない世界ですからね。
しかし、一方で、多くの人が無難なプランだけをひたすら選択していく世界というのは、「やってみなくてもだいたいわかる」世界です。さて、「足を運ばなくてもだいたいどんな棚かわかる本屋」って行く価値があるんだろうか? 「読んでみなくてもだいたいわかる小説」って面白いのだろうか? 「最初から両想いだってだいたいわかってる恋愛」って盛り上がるのだろうか? 「やってみなくてもだいたいわかる」競馬って面白いのだろうか?
「やってみないとわからない」可能性に賭けているからこそ面白い世界が確実にあります。足を運ぶ度に新しい発見があるから本屋は刺激的なのだし、読むという経験なしには何ひとつ味わえないのが小説なのだし、(たとえ片想いであっても)強烈な妄想と願望あってこそのドキドキなわけだし、人智を超えた複雑さゆえに絶対という概念が許されないのが我らが競馬の世界なのです。
馬券が外れたときにはさほど驚かないのに、渾身の力を込めて予想した馬券が的中したときにこそ、心の底から驚きませんか? 本当なら、膨大な時間を費やし渾身の力を込めて予想したからこそ、馬券が当たったのは当然だと考えるのが普通でしょ? でも僕たち競馬ファンは、そうは思わない。なぜなら、それだけ奥が深く複雑で、「やってみないとわからない」のが競馬であることを知っているから。そして、「やってみないとわからない」競馬のある一つの可能性に僕たちが賭けつづけるのは、「やってみないことには何も始まらない」こともよく知っているからでしょう。
だからこそ、僕たちは無謀かもしれない可能性に賭けてみることにしました。「rounder」には「A person who earns a living by playing cards(カードゲームで生計を立てている人)」という意味があります。少し緩く意訳して「勝負師たち」。あらゆる意味において、競馬に関わる人たちはみな、「やってみないとわからない」可能性に賭けている勝負師たち。そんな思いも込めて雑誌の名前は「ROUNDERS」。